本書はまずタイトルから興味を引かれました。
読む前からおもしろそうな感じはしていましたが、実際読んでみて予想以上でした。

冒頭の、目次にも載っていない名もなき短い章で物語の前提が説明され、20年前のペルーの日本大使公邸占拠事件を思い出しましたが、この物語は、占拠事件とは違い、人質全員が爆死という最悪な結末でした。
それを受けて始まる人質の朗読は、戦争やテロの理不尽さみたいなものに触れながら進んでいくのかと思っていたら、そういうものは一切なく、決してドラマチックではない、つつましい日常の出来事が淡々と語られるという展開でした。

第一夜から第八夜まで、職業も地位もさまざまな8人の人質が朗読した物語には一つとして退屈なものはなく、それぞれがふとした出会いで生まれた、強く心を動かされた体験を語っています。
私が特に好きだったのは「B談話室」で、この話自体は非現実的ですが、ああいうよくわからない講座や集いみたいなのは現実的に結構あって、何となく気になるところですが、この朗読者のように足を踏み入れる行動力は持っていないです。

本作は、朗読ごとに文末で職業や年齢、旅行参加理由が記載されているのですが、その最後の一文を読むたび、思い出の時点と爆死した時点の間に流れた時間を想像したり、この人はもう存在しないのだといろいろ考えてしまい、すぐには次の朗読に進めなかったです。

最後の語り手が朗読を盗聴していた通信兵というのも意外なところで、著者のインタビューによれば、連載の都合上もう一回分必要となったので、苦し紛れに書いた作品とのこと。そういう偶然もあって見事な一冊として完成しているのも非常に興味深いです。

本書を読み終えて、自分が同じような状況にあったらどんなことを朗読するか考えてみましたが、これといってないのが悲しいところです。
多分、私があのような状況に置かれたら、本書の人質のように心を静かに保とうと努力せずに、脱出のことをずっと考えていると思います。または「どうせ死ぬなら一矢報いん」とか物騒なことを考えているかと思います。

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# by yuki-kizaki | 2017-12-02 13:56
今回の課題図書は、G・K・チェスタトン「ブラウン神父の秘密」。

ことし、創元推理文庫から出た新版を購入しました。
本の帯のコピーに「常識を超えたユーモアと恐怖」などとあったので、元祖バカミスかもと期待して読み始めましたが、一読する限り、主人公のブラウン神父は極めて真面目。
シャーロック・ホームズがジャンキーであるように、ブラウン神父も実は何か陰の部分があるのではないかと思って読んでみましたが、至って普通。ザ・聖職者でした。
アクティブに動き回ることもなく、人の話を聞くだけで事件の謎を解いていく安楽椅子型の名探偵で、いろいろ動き回り、依頼主の前から姿を消し、何人も殺された後でようやく「犯人は○○!」とひらめく金田一耕助とは対極でした。

事件のトリックやブラウン神父の観察眼、宗教観が本作の読みどころで、そこが今でも読み続けられる理由なのでしょうが、私はそこではなく、登場人物の人間模様や犯行の動機といったところに非常に興味を持ちました。
どの作品も、事件の背景がやたらと暗い。明るい犯行動機などあるわけはないのですが、何か全体的に陰湿な気がします。
本作は連休の最初に読んだのですが、連休気分も吹っ飛ぶ暗さでした。

あと、読みにくい文章だなという感じがしました。
全然ページが進まず、宗教とかの話になると睡魔が襲ってくるという状態でしたが、ネットで感想を見ていると特にそのような印象を持っている人はおらず、私の読書量が圧倒的に不足しているのだなと改めて感じました。


全然内容に触れていなかったので、好きな話を挙げておきます。

「メルーの赤い月」
山岳導師が余りにも小者的でせつないです。

「マーン城の喪主」
この入れかわりトリックは今でも多く見られますが、1925年ごろだと斬新だったのでしょうか。それともそれ以前の19世紀ごろからあったのか気になります。

「フランボウの秘密」
泥棒をしていたフランボウが、ここに至るまでの物語も読んでみたいし、この後の話も気になりました。

嫌いな話というか、突っ込みどころ満載だったのは「大法律家の鏡」。
新聞記者も詩人も検察官も、やっていることが何だかなぁという感じで、ここだけほっこりしました。


そういえば「木の葉を隠すなら森の中」という言葉のオリジナルは、このブラウン神父だそうです。
さすが世界三大探偵は言うことが違う。おしりたんていとはレベルが違う。

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# by yuki-kizaki | 2017-11-04 18:06
芥川賞受賞作品と聞くと、前衛的な内容、かつ取っつきにくい著者というイメージが強く、余り触れずに来ました。
そんなわけで『火花』も未読で、最近まで『花火』だとタイトルを誤って覚えていたほどです。

今回、課題図書で読んだところ、漢字が多めで、行儀のいい、かしこまった文章で、又吉直樹という人の生真面目さがよく伝わりました。
漫才論、井の頭公園や高円寺の風景の多弁な描写も魅力的でしたが、それに加え神谷の変態的で破壊的な行動も、内容はしようもないのだけれども選び抜かれた言葉で表現されていて、さすが言葉を武器としてきたお笑い芸人だと、又吉直樹の膂力を感じました。

また、印象的だったのは本書の装丁です。
西川美穂という方の「イマスカ」という作品で「中に人がいるのかいないのかがわからない曖昧部分を表現」しているとのこと。
難しいことはよくわかりませんが、又吉直樹が気に入って表紙に取り上げたということで、ふだんからそういうものに触れている又吉直樹は本当にセンスがいいなと思いました。

今回の課題図書と並行して、芥川賞同時受賞の羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』も読んでみましたが、老人介護をめぐる祖父と孫の攻防を描いた今日的な作品で、こちらも芥川賞にしては随分わかりやすかったです。

お笑い芸人も介護も身近でわかりやすい題材ですし、人が手に取りやすい内容なのかなと。
活字離れが進む昨今、こういう作品で読者を獲得するというのもいいかとは思うのですが、出版業界のことを考えて芥川賞が日和っているような気もします。
そういうのは本屋大賞や直木賞に任せて、芥川賞は芥川賞らしく独自の道を進んでほしいと願うきょうこのごろです。

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# by yuki-kizaki | 2017-10-07 18:46
今回の課題図書は、奥田英郎「イン・ザ・プール」。

本作は出版された当時に読んだのですが、下ネタが多かったなという記憶のみで、ストーリーは全く忘れていました。
映画も見た記憶があるのですがうろ覚え。

おもしろい作品であれば当然覚えているし、つまらなかったらそれはそれで覚えているはずなので、
恐らくどちらでもない普通の作品だったのだろうと思い、今回、読み直しました。

主人公は、精神科医である伊良部一郎。
彼のもとに、水泳依存症、陰茎硬直症、携帯依存、強迫神経症、被害妄想といったさまざまな悩みを抱えた患者がやってくる。
変人、幼稚、わがままと三拍子そろったトンデモ医である伊良部は、診察室での治療だけではなく、プライベートでも患者と一緒に行動する。
伊良部の奇矯な行動を目にした患者は驚き、あきれながらも快癒していく。

精神科医と患者を扱った作品ということで、ともすればヘビーになりかねない設定ですが、
ユーモアを前面に出し、幸福な結末に満ちた作品になっているところは好みでした。

医療がテーマなので、自分の知らない専門用語が出てくるかと思ったのですが、特に出てこず、勉強にはなりませんでした。
著者は、実際に自分の通院経験をもとに作品を書いたそうなので、もっと診察や病状など細かい描写ができそうなものでしたが、あえて書かなかったのはなぜか。
余りにリアルにすると、読んでいるほうがつらいと思って配慮したのでしょうか。


伊良部一郎のモデルとなっている伊良部秀輝が、本作が出版された数年後に
悲しい最期を遂げたのを知っている今では、伊良部医師のどんな奇天烈な行動も、
何か無理をしているイメージがあって、若干せつなくなりました。

あと、下ネタが多いので、拒絶してしまう人も多いのかなという気もしました。
本作を読んで奥田英朗を受けつけられなくて、ほかの作品を読まない人も出てくると思うと少し残念です。

奥田英朗の小説はだめでも、エッセイなら下ネタもないので受け入れやすいかと思います。
各地のボールパークを訪ね、公式戦や二軍戦、OB戦を観戦する野球賛歌「野球の国」や、
五島列島、礼文島、釜山等の港町に船で訪れる旅行記「港町食堂」などは本当に名作です。
スポーツや旅行好きの方はぜひ一読をお薦めします。

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# by yuki-kizaki | 2017-09-02 13:51
タイトルを見て、戦国ものか「プリンセス・トヨトミ」のような豊臣家を題材にした現代小説かなと思ったのですが、読んでみると、なんとも物騒な面構えの企業小説。
世界の自動車産業の頂点に立つ「トヨトミ自動車」の経営の内側を描いた内幕小説ですが、トヨタ自動車がモデルとなっていることは明白。

著者は覆面作家であり、インタビューによると「真実を伝えるために、ノンフィクションではなく、小説を書いた」ということです。
モデルの1人である豊田章一郎会長が本書を読んで激怒し、内部情報を流したのは誰なのか犯人捜しをしており、激怒するということは、結構事実に近い内容だったという証明をしているものなので、放置しておけばいいのになと個人的には思いました。
最近はこういう内幕小説がはやっているのか、パナソニックでも「パナソニック人事抗争史」なる本が出ていました。こちらは匿名の著者ではなく、実名での出版であり、その点は感心しますが、余りいい傾向ではない気がします。

本書は、奥田碩をモデルとした武田剛平と、豊田章男をモデルとした豊臣統一を中心に話が進んでいきますが、武田がやくざの恫喝にも動じないような場数を踏んだ豪傑で、経営手腕にもたけた有能な人物として描かれている一方、統一は絵に描いたような箱入り息子で、気が小さく、ねちっこい人物とされています。
特に、著者の特に統一に対する目が厳しい。
トヨトミ自動車がリーマンショックにリコール問題と危機に見舞われる中、社長みずから公聴会で答弁する場面などは、読んでいてつらかったです。国の経済全体まで影響を及ぼす企業のトップとしては、全編を通じてかなり不安となるイメージを読者に与えていました。
会社を経営すること自体大変なことなのに、加えて、創業者家に生まれたとはいえ、世界的大企業のトップに立つという時点で、統一にもう少し敬意を払ってもいいようなものですが、著者は容赦ない。もう少し、手かげんしてあげてくれと言いたい。

あと、統一も統一で、御伽衆のような立場で、武田や御子柴のそばで平和に暮らしているという選択肢もあったのでは思う。私ならそうしていたと思いますが、やはり創業家のプライドがあるのでしょうか。血統というのは非常に面倒くさいものだなと感じました。

また、武田があまりに格好よく描かれており、モデルとなった奥田碩はそんな人物かなと思って経歴を調べてみたら、柔道部出身、ギャンブル好き、独裁政権下のマニラで頭角をあらわすなど、本当にそのままで驚いた。そもそもテレビで見ていたときは180cmもあるイメージがなかったです。
武田と豊田章男以外にも、実在の人物をモデルとした登場人物が多く、そのモデルを見つける楽しさがありました。もう少し後の出版になったらトランプ大統領とかも出てきて、濃いキャラとして描かれそうで、それは読んでみたかったなとは思いました。

本作の続編は、今まさにテレビや新聞で報道されていることそのものなので、本作を読んだおかげで、余り興味のなかった自動車産業に関心が出てきたのはあります。
また、車を買うならトヨタ以外だなと思ったのも事実で、余り内部でごたごたしている会社の商品は欲しいと思わないのが正直なところです。
まあ、車を所有できる余裕があるかといったら、ないのですが。

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# by yuki-kizaki | 2017-08-05 13:00

読書感想文です。


by スプレンダー