芥川賞受賞作品と聞くと、前衛的な内容、かつ取っつきにくい著者というイメージが強く、余り触れずに来ました。
そんなわけで『火花』も未読で、最近まで『花火』だとタイトルを誤って覚えていたほどです。

今回、課題図書で読んだところ、漢字が多めで、行儀のいい、かしこまった文章で、又吉直樹という人の生真面目さがよく伝わりました。
漫才論、井の頭公園や高円寺の風景の多弁な描写も魅力的でしたが、それに加え神谷の変態的で破壊的な行動も、内容はしようもないのだけれども選び抜かれた言葉で表現されていて、さすが言葉を武器としてきたお笑い芸人だと、又吉直樹の膂力を感じました。

また、印象的だったのは本書の装丁です。
西川美穂という方の「イマスカ」という作品で「中に人がいるのかいないのかがわからない曖昧部分を表現」しているとのこと。
難しいことはよくわかりませんが、又吉直樹が気に入って表紙に取り上げたということで、ふだんからそういうものに触れている又吉直樹は本当にセンスがいいなと思いました。

今回の課題図書と並行して、芥川賞同時受賞の羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』も読んでみましたが、老人介護をめぐる祖父と孫の攻防を描いた今日的な作品で、こちらも芥川賞にしては随分わかりやすかったです。

お笑い芸人も介護も身近でわかりやすい題材ですし、人が手に取りやすい内容なのかなと。
活字離れが進む昨今、こういう作品で読者を獲得するというのもいいかとは思うのですが、出版業界のことを考えて芥川賞が日和っているような気もします。
そういうのは本屋大賞や直木賞に任せて、芥川賞は芥川賞らしく独自の道を進んでほしいと願うきょうこのごろです。

[PR]
# by yuki-kizaki | 2017-10-07 18:46
今回の課題図書は、奥田英郎「イン・ザ・プール」。

本作は出版された当時に読んだのですが、下ネタが多かったなという記憶のみで、ストーリーは全く忘れていました。
映画も見た記憶があるのですがうろ覚え。

おもしろい作品であれば当然覚えているし、つまらなかったらそれはそれで覚えているはずなので、
恐らくどちらでもない普通の作品だったのだろうと思い、今回、読み直しました。

主人公は、精神科医である伊良部一郎。
彼のもとに、水泳依存症、陰茎硬直症、携帯依存、強迫神経症、被害妄想といったさまざまな悩みを抱えた患者がやってくる。
変人、幼稚、わがままと三拍子そろったトンデモ医である伊良部は、診察室での治療だけではなく、プライベートでも患者と一緒に行動する。
伊良部の奇矯な行動を目にした患者は驚き、あきれながらも快癒していく。

精神科医と患者を扱った作品ということで、ともすればヘビーになりかねない設定ですが、
ユーモアを前面に出し、幸福な結末に満ちた作品になっているところは好みでした。

医療がテーマなので、自分の知らない専門用語が出てくるかと思ったのですが、特に出てこず、勉強にはなりませんでした。
著者は、実際に自分の通院経験をもとに作品を書いたそうなので、もっと診察や病状など細かい描写ができそうなものでしたが、あえて書かなかったのはなぜか。
余りにリアルにすると、読んでいるほうがつらいと思って配慮したのでしょうか。


伊良部一郎のモデルとなっている伊良部秀輝が、本作が出版された数年後に
悲しい最期を遂げたのを知っている今では、伊良部医師のどんな奇天烈な行動も、
何か無理をしているイメージがあって、若干せつなくなりました。

あと、下ネタが多いので、拒絶してしまう人も多いのかなという気もしました。
本作を読んで奥田英朗を受けつけられなくて、ほかの作品を読まない人も出てくると思うと少し残念です。

奥田英朗の小説はだめでも、エッセイなら下ネタもないので受け入れやすいかと思います。
各地のボールパークを訪ね、公式戦や二軍戦、OB戦を観戦する野球賛歌「野球の国」や、
五島列島、礼文島、釜山等の港町に船で訪れる旅行記「港町食堂」などは本当に名作です。
スポーツや旅行好きの方はぜひ一読をお薦めします。

[PR]
# by yuki-kizaki | 2017-09-02 13:51
タイトルを見て、戦国ものか「プリンセス・トヨトミ」のような豊臣家を題材にした現代小説かなと思ったのですが、読んでみると、なんとも物騒な面構えの企業小説。
世界の自動車産業の頂点に立つ「トヨトミ自動車」の経営の内側を描いた内幕小説ですが、トヨタ自動車がモデルとなっていることは明白。

著者は覆面作家であり、インタビューによると「真実を伝えるために、ノンフィクションではなく、小説を書いた」ということです。
モデルの1人である豊田章一郎会長が本書を読んで激怒し、内部情報を流したのは誰なのか犯人捜しをしており、激怒するということは、結構事実に近い内容だったという証明をしているものなので、放置しておけばいいのになと個人的には思いました。
最近はこういう内幕小説がはやっているのか、パナソニックでも「パナソニック人事抗争史」なる本が出ていました。こちらは匿名の著者ではなく、実名での出版であり、その点は感心しますが、余りいい傾向ではない気がします。

本書は、奥田碩をモデルとした武田剛平と、豊田章男をモデルとした豊臣統一を中心に話が進んでいきますが、武田がやくざの恫喝にも動じないような場数を踏んだ豪傑で、経営手腕にもたけた有能な人物として描かれている一方、統一は絵に描いたような箱入り息子で、気が小さく、ねちっこい人物とされています。
特に、著者の特に統一に対する目が厳しい。
トヨトミ自動車がリーマンショックにリコール問題と危機に見舞われる中、社長みずから公聴会で答弁する場面などは、読んでいてつらかったです。国の経済全体まで影響を及ぼす企業のトップとしては、全編を通じてかなり不安となるイメージを読者に与えていました。
会社を経営すること自体大変なことなのに、加えて、創業者家に生まれたとはいえ、世界的大企業のトップに立つという時点で、統一にもう少し敬意を払ってもいいようなものですが、著者は容赦ない。もう少し、手かげんしてあげてくれと言いたい。

あと、統一も統一で、御伽衆のような立場で、武田や御子柴のそばで平和に暮らしているという選択肢もあったのでは思う。私ならそうしていたと思いますが、やはり創業家のプライドがあるのでしょうか。血統というのは非常に面倒くさいものだなと感じました。

また、武田があまりに格好よく描かれており、モデルとなった奥田碩はそんな人物かなと思って経歴を調べてみたら、柔道部出身、ギャンブル好き、独裁政権下のマニラで頭角をあらわすなど、本当にそのままで驚いた。そもそもテレビで見ていたときは180cmもあるイメージがなかったです。
武田と豊田章男以外にも、実在の人物をモデルとした登場人物が多く、そのモデルを見つける楽しさがありました。もう少し後の出版になったらトランプ大統領とかも出てきて、濃いキャラとして描かれそうで、それは読んでみたかったなとは思いました。

本作の続編は、今まさにテレビや新聞で報道されていることそのものなので、本作を読んだおかげで、余り興味のなかった自動車産業に関心が出てきたのはあります。
また、車を買うならトヨタ以外だなと思ったのも事実で、余り内部でごたごたしている会社の商品は欲しいと思わないのが正直なところです。
まあ、車を所有できる余裕があるかといったら、ないのですが。

[PR]
# by yuki-kizaki | 2017-08-05 13:00

今回の課題図書は、武者小路実篤の「友情」(岩波文庫)。

武者小路実篤といえば、小説よりも、晩年のぼけが進行した信じがたい文章が真っ先に浮かびます。
山田風太郎に「脳髄解体」とまで言われた、晩年の文章のインパクトが強いため、中年のころに書かれた本作はどうなのか、やはり軽くキてしまっている文章なのか、そんなことを考えながら読み始めました。

登場人物は、脚本家の野島(モデルは実篤自身とも)と親友の大宮(モデルは志賀直哉らしい)、その友人たち、それと、野島が勝手に恋する杉子。
野島の杉子に対するストーカー的片思いの末、杉子は大宮のもとへ行ってしまう。
結局、野島は恋と友情を一気に失う。

読み終えて、まず思ったのが、設定といい、物語の構成といい、漱石の「こころ」の廉価版またはジェネリック版といっていいのか、とにかく「こころ」の影響が強い気がします。

両者の作品が大きく違うのは、「こころ」の登場人物が「静」なら、「友情」の登場人物は「動」。
「こころ」の後半が、先生の遺書でひっそりと終わるのに対し、「友情」は、後半の往復書簡の部分で辛辣な言葉が飛び交ったり、物が破壊されたり等、結構下世話な部分があります。昼ドラやワイドショーを見ている感じでした。

私は中学のころに「こころ」を授業で読んだのですが、個人的には「友情」のほうを教材として取り上げるべきだと思いました。
なぜ、野島が杉子に振られ、杉子が大宮を選ぶのか、非常に納得がいくし、美人は大変だということもわかる大変よい教材になるので、ぜひ、中高の国語で採用してほしいです。または、ドラマ化でも可。

本作は、登場人物のせりふで印象に残るものが非常に多いのですが、中でも特に私の印象に残ったのが、下記の杉子が大宮に対して送った手紙の中の言葉です。

「私は、どうしても野島さまのわきには、一時間以上は居たくないのです。なぜだか自分にはわかりません。これは要するに私の神経の話で」

要は、「野島はキモい。顔も嫌」と言いたいのでしょうが、容赦ないです。

野島はこのくらい言われてもしかたないとしても、野島の友人宛てにこういう文章を送る杉子に大変危険なものを感じます。何となく、大宮も杉子と結婚したら大変なことになるのではないかと余計な心配もしております。

あと、野島と大宮の今後の関係も気になるところです。
本文の最後では「いつか山の上で君たちと握手する時があるかも知れない。しかしそれまでは君よ、二人は別々の道を歩こう」と将来の和解の可能性も残しつつ、作品は終わっているのですが、多分、野島は相当根に持つタイプのようなので、和解をするにしても晩年になると思います。
でも、とりあえず生きていれば、そのうちひょんな理由から関係修復することもあるのかなと。
「こころ」のKのように死んでしまっては元も子もないので。

「友情」の感想文のはずが、「こころ」のことばかりになってしまいました。

そんなわけで、「友情」を読んだことによって、「こころ」を再度読み返したくなりましたという感想で、今回は終わりたいと思います。
[PR]
# by yuki-kizaki | 2017-07-08 13:42

今回の課題図書は、ローデンバック作「死都ブリュージュ」(窪田般彌訳)。

「死都」というと、廃墟のようなイメージを思い浮べたのですが、物語の舞台は、そういう壊滅した町ではなく、ベルギーのブリュージュという衰退した町。

かつて商都として栄え、やがて衰退し、19世紀末には「死都」となったブリュージュ。
妻に先立たれたユーグは、死別の苦しみに耐えかねてブリュージュへやってくる。
誰も家に迎えることはなく、静かなやもめ暮らしが続いていたが、ある夜、亡き妻とそっくりな踊り子ジャーヌに出会う。
倒錯的な錯覚に歯どめをかけられずに彼女を囲むユーグ。しかし、行きずりの仲がうまくいくはずもなく、最後には悲劇が訪れる。

上記のようなストーリーで、前回の課題図書「火星の人」とは違い、皆が救われない話でしたが、結構好みな作品でした。
作者のローデンバックは詩人だけあって、ブリュージュの風景描写が見事で、訳者の力も大きいのでしょうけれども、読んでいて心地よかったです。
岩波文庫版には、原書にあった町の写真が何枚も入っているのですが、これによって一層、繁栄を終えた都市の感じも伝わってきました。

個人的には、登場人物のその後が気になり、特に、老後の生活のために真面目に仕事をしていた家政婦まで巻き込まれたのには、少し同情しました。その後、幸せになっていてくれればと願います。
また、ジャーヌを殺してしまったユーグが、その後どうしたのかも気になりました。
私の予想では、病んでいる彼のことですから、犯罪を隠そうとするのではないかと思っています。

夫が、身持ちのよくない放縦な妻を殺してしまい、それを隠す。そこに、たまたま旅行に来ていた刑事が怪しんで、捜査を開始する。
刑事コロンボシリーズでよく見られるパターンです。多分、こんな感じの続編になるかと思います。

そういえば、本作はオペラの題材にもなったらしいですが、本作のどこに歌の要素を入れられるのか気になります。
オペラも見てみたいですが、多分4、5時間とかやりそうなので若干つらいかもしれません。
個人的にはポツドールの三浦大輔あたりが舞台化すれば、より死臭が漂う報われない話になり、面白くなりそうな予感がします。


[PR]
# by yuki-kizaki | 2017-06-03 17:09

読書感想文です。


by スプレンダー